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「オープンな知がイノベーションを生む」に参加して

曇天の本郷でイベントに参加しました[→リンク]。当日は開催大学がホームカミングデイとのこと。工事中の巨大な建物に隠れてその賑わいを味わえなかったのが残念です。

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掲題の「オープンな知がイノベーションを生む」を巡って幅広い話題が論じられましたが,一つ大きな話題として「市民が科学に参入すれば技術開発が活性化し,技術革新の可能性が拡がる」とする視点を取り上げたいと思います。実際,安価・ローテクな技術の発明は経済上の問題から高価な技術の導入が難しい開発途上国で実装が試みられたりしています[要出典]。

最後まで疑問として残ったのは,多くの(科学者ではない)市民が科学へ参入し始めると,「先見性(誰が先に発見したのか)」が曖昧になってしまわないか。「巨人の肩のうえに立つ」とはよく言われる一方で,先に発見した名誉をめぐり争いが起きたのは,古今の科学史が教えるところです。
どちらの見方にも一理あるなかでオープン化を後押しする強い推進力は「説明責任」であるように思います。例えば,「税金を使って学術研究は公的な性格の強いもので,無償で公開し社会に還元すべき」という見方です。「悪貨は良貨を駆逐する」のごとく,質の低い商業誌が乱立する事態をまねきました(有田 2015)。結局,これらの「pladatory OA publishing(捕食型OA出版)」だとして,図書館員個人がレポート(ブラックリスト)を発表して投稿先の吟味を呼び掛けたり,出版社の外部に属する編集コンサルタントらが author service という形で投稿先のアドバイスや投稿までのサポートを行う動きまで出ています。

有田正規 2015.「科学はどこまでオープンにできるか」『情報管理』58(5): 353-360.

例えば上の論文では,「無償で公開」するにも,それを下支えするプラットフォームの充分な整備が無ければ,直ちに効果的な「説明責任」は達成し得ないという指摘がなされています。この辺は電子書籍をめぐる議論(電子本は紙の冊子本より安価につくれる,という誤解)と相通ずるものがあるように思います。

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