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「フランス的知性」と日本研究

ご報告が大変遅くなりましたが,花冷えの都心で渋沢・クローデル賞30周年を記念する公開シンポジウムに参加しました(リンク)。登壇者は以下の顔触れ〔前掲リンク・東京日仏会館ウェブサイトからの引用〕。

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渋沢・クローデル賞30周年記念シンポジウム「フランス的知性の今?」

Colloque commémoratif du 30e anniversaire du Prix Shibusawa-Claudel <<L’intelligence française aujourd’hui?>>

http://www.mfjtokyo.or.jp/ja/events/details/452-30.html

日時: 2014年04月03日 (木曜) 18:00

会場: 日仏会館ホール – 渋谷区恵比寿3丁目

司 会: 坪井 善明(早稲田大学 1988年 本賞 政治史)

人文科学:

中地 義和(東京大学 1989年ルイ・ヴィトン ジャパン特別賞 文学)

「言語を移り住む詩―研究,翻訳,再創造」

 

伊達 聖伸(上智大学 2011年 ルイ・ヴィトン ジャパン特別賞 宗教史)

「日本とフランスにおけるライシテの歩み」

 

社会科学:

川出 良枝(東京大学 1997年 本賞 政治思想史)

「ルソーはどう読まれてきたか―戦後日本とルソー」

 

矢後 和彦(早稲田大学 2000年 本賞)

「グローバル経済における知的戦略:日仏の経験」

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最近,日本研究支援と銘打った外国発信が政策的にが盛んであることは以前のブログでも触れました。対して今回は30年の流れを,日仏比較研究を顕彰する同賞の受賞者に即して振り返り,じっくりと「日本」へのまなざしが問われました。日本とヨーロッパというと,明治期憲法,マルクス主義をはじめドイツとの交流が濃い印象を受けますが,フランスとの交流もまた,このように息長く続いていることに改めて驚きます。

特に興味をひかれたのが川出良枝先生の「ルソーはどう読まれてきたか」。ご自身の専攻であるモンテスキューからやや距離を置いて,願わくば,それぞれの解釈が生じた日本の社会背景(自由民権運動,学生運動,バブル景気,失われた××年等)に即したコンテクスチュアルな読みも期待しましたが,それは過大なお願いというものでしょうか。

フランス的知性の本質は,明晰さ(クラルテ: clearite)と曖昧さ(アンビギテ: ambiguite)であるとはよく言われます。共和主義・ライシテ・社会主義など概念の輪郭に即した端的なポリシーを打ち出しつつも,英米のトレンドを巧みに取り込んでいくさまがそのように評される所以かと思われます。音楽においてもクロード・ドビュッシーの中期作品にみる日本趣味(ジャポニスム),武満徹とオリヴィエ・メシアンの作風の関わりなど,論点は尽きません。

また関西においては、京都の関西日仏学館が各種アートを通じた人的交流(京都フランス音楽アカデミーの開催,ヴィラ九条山のアーティスト・イン・レジデンス制度)に注力しています。ことしの2月にはフランス国立極東学院(EFEO)の京都事務所が北白川の地に移築されたとか(プレスリリース)。今後は関西版の周年行事にも期待が高まります。

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