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若手研究者デビューと出版:The Chronicle 2013年7-8月の記事から

アメリカの高等教育ウェブ・ポータルであるThe Chronicle of Higher Education では最近,若手研究者デビューの舞台裏を出版のあり方と絡めて論じています(リンク)。ここではその要点をまとめ,少し意味を考えてみたいと思います。

人文社会系の研究者にとっては,博士論文を基礎にした本(ファースト・モノグラフと呼ばれる,いわばデビュー作)の出版がテニュア(常勤職)へのキャリア・パスに不可欠とされています。日本でも,たぶんアメリカほど厳格ではありませんが,こうしたファースト・モノグラフが一人前の研究者としての証とされ,専任・常勤研究職のパスポート的役割を果たしています。いまだ無名ゆえに,市販のみでの収益が難しい若手の企画を助成する諸制度は「知識のパトロネッジ」であり,各種の民間財団による出版賞・作品賞は気鋭の研究者の登竜門となっています。

 

The Chronicle of Higher Education

The Chronicle of Higher Education (Photo credit: Wikipedia)

 

 

ところが,いわゆるオープン・アクセスの潮流もあいまって,大学図書館では博士論文の電子的公開を要請することが多くなっています。今春,日本でも学位規則の一部を改正する省令が施行され,博士論文の電子的公開が義務付けられました。自身の知見が多くの人の目に触れるチャンスが増えるのは若手研究者にとって喜ばしいことです。一方で彼らは一書にまとめられるだけの研究成果がどうしても少ないため,デビュー作の出版は博士論文に頼らざるを得ません。ところが図書館での公開が先に進んでしまうと,博士論文を基礎とするコンテンツは大学出版部が刊行を渋ります。ここに,モノグラフの出版に際した困難が生じます。

そこで出版にむけた論文改訂・編集・販売に時間を充てるよう,契約の際に電子メディアへの不掲載期間(embargo)が設けられます。もっともヒューストン大学で医学史を専攻したニコルソンのように,「時限付き不掲載」の選択肢自体がない(彼女自身も事情に疎くそのまま同意した!)例もあり,一律ではありません。また人文学では,新しい知見の加筆には更なる時間を要するとして,アメリカ歴史学協会(AHA)が不掲載期間の延長要望声明を出し,話題になりました。こうした「不掲載期間のジレンマ」を本記事の執筆者は次のように表現しています。「変容する学術書市場が大学出版部に課す限界と,技術発展が論文情報へのアクセシビリティを変えた経過に鑑みるとき,不掲載期間はこれまで博士号をとりたての若手研究者[によるデビュー作の出版]を助けてきたにすぎない」。

若手研究者の知見がどのような形で公刊されるべきか――従来型キャリア・パスの問題点,それに代わる新しい仕組みの可能性をあわせて考える必要があるように思います。

大学出版部もこれまでは従来型キャリア・パスのなかでビジネス・モデルを組み立ててきました。そもそも40年ほど前は,テニュア獲得のために「本の出版」が義務付けられることは必ずしも多くなかったといいます。しかし近年,モノグラフの半義務化とともに,博士号取得者がアカデミック・ポストに比べて著しく増大したため,ファースト・モノグラフの刊行需要はいわば「順番待ち」,出版社にとっては持込過重の状況が続いています。将来の読者・著者でもある若手研究者の支援は,その存在意義からして大切なミッションです。しかし足元の持続性を顧みるとき,事業バランスを慎重に見直すべき時が来ているといえます。

また電子的に「公開」されるといっても,それは多くの利用者の目にとまることを直ちに意味するわけではありません[本ブログの継続的読者には,繰り返しですが]。「見つけやすさ」の向上(検索や索引登録に必要なメタデータの整備)が必要です。また電子的・自動的な仕組みの構築にとどまらず,何をどこに配架するかという図書館員自身のキュレーションも必要とされます。

別の The Chronicle への寄稿者は,モノグラフ執筆に時間をとられるあまり次の研究課題への移行と着手が遅れることを危惧し,本に代えて博士論文の縮約版を学術雑誌に投稿し,査読を仰ぐことなどを推奨しています(リンク)。いわば「要点はこの通り,詳細は図書館のリポジトリを見よ」とする立場です。なるほど研究の進展サイクルが比較的速い分野によっては,むしろ有効な場合もありましょう。今後は著者が成果公開のチャネルを主体的に選ぶ時代へと遷移していくのかもしれません。

蛇足ですが,若手デビューのジレンマは音楽や絵画などの芸術ビジネスにも通ずる側面をもつかもしれません。ときに産業と結びつき,知識生産に資する「サイエンティスト」に比べて「アーティスト」の活動領域はいっそう多彩であり,またいっそう多くの課題に向き合うに違いありません。

◎参考:若手研究者問題と大学図書館界(※図書館からの提言)

http://current.ndl.go.jp/ca1790

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2件のコメント

  1. […] とくに人文系の学問で,ファースト・モノグラフの刊行は若手研究者のキャリアを左右する要です。このブログでも以前,The Chronicleを例に記事を示したことがあります。 […]

  2. […] 若手研究者デビューと出版:The Chronicle 201… への 英語モノグラフへの途 « A… […]

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